市場(バザール)にて
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


     




ほぼ赤道直下の熱帯地方、しかも砂の大地では、
容赦なくの真上から照らす太陽がもたらす灼熱と、
予見は不可な嵐が間断なく運ぶ砂とが 人々の生活を脅かすが。
逆に、そこをきちんと把握しておれば、対処の取りようはある。
今時、もとえ…後世の機密性の高い住居の登場を待つこともなく、
例えば、乾いた気候であるがゆえ、
直射日光さえ遮ってしまえば日陰は意外なほどに涼しいし、
風の方も、砂の侵入さえ防ぐことが出来るなら、遮るよりもむしろ通せばいい。
そこで、ぎあまんの窓を用いて外気を遮蔽するより、
いっそのこと、
分厚い壁の内へ 贅沢にも空間を取って、陽や風を遠乗りさせたれば。
砂交じりの風からは勿論のこと、
昼間の灼熱からも陽が落ちてからの冷え込みからも、
身を遠ざける格好となり、驚くほど過ごしやすいこと、
洞窟や地下水の冷たさから人はとうに知っており。
一般市民の家で大層な広さを取るのは無理な相談かも知れぬが、
大分限の屋敷や、果ては首長様がたの王宮と来れば話は別。
防犯や警護の意味合いからも、
居室を屋外からは距離のある奥向きに構えておれば、
苛酷な砂の国とは思えぬほど、快適な住まわりようが出来るという。





 「  、………。」


意識が覚めるとともに、ぽかりと目が開いたのは、
辺りがすっかりと明るくなっていたからで。
天蓋から下がる緞子や更紗の閨幕が、何となれば真昼でも陽を遮るはずだが、
今はその天幕が、片側の少しほどを引き開けられており。
直接は見えぬところにある窓の方からの明るみが、
室内を隅々まで明るく染め上げているのが察せられ。

 「………。」

今でこそ自分しかいない空間だけれど、
この広々とした寝間には、少し前まで もう一人いた筈で。
落ち着いた柄目の組木細工の小箱に、爽やかな青の香料の瓶。
見回した中にあるのは、贅を尽くした寝具や小間物の数々だけであり、
他には…というと、彼の残り香がするだけで。
その連れ合いが、早くに目覚めて起床して行ったその折、
朝だぞと囁く代わり、少しずつ目覚めなさいと、
暁光と呼ぶにはちょいと遅いめの刻限の、
それでも朝ぼらけの仄明るさを、
供寝した年若い妃へ置いていってくださったものと思われる。

 「…………。」

彼が早起きなのは、自分よりもずんと年寄りだからか。
いやいや、彼には彼でないとという特別な政務があるからだと、
頭のどこかではちゃんと判ってはいるのだが。
それでもそれを蹴飛ばすほどに、彼女を むうとむくれさせるのは。
一見すると“独り寝”としか見えぬ朝を迎えるのが、
どうにもむず痒い不快さを運ぶからだ。
間が良ければ、彼が起き出す気配にくすぐられ、
うっすらと覚醒しかかったところを、

 『おお、起こしてしもうたか。』

済まぬなとあの大きい手が、金絲を愛おしむように頭を撫でてくれるし、
こちらがうつ伏せたままでおれば、細い背へ軽くのしかかって来ての、
肩先に口づけ落としていってくれもする。
夜陰に溺れた睦みの中、悦の熱に霞む意識の中でくれたそれではなく、
甘くて軽やかな、ついばむような接吻は、
そのまま優しい二度寝へと誘なう 切っ掛けもくれるし。
はだけたままだった肩や背中へこぼれ落ちてくる、
あの深色の髪のくすぐったさもまた、何とも心地がいいのにな。
それをくれなんだまま、
自分を置き去りにし、とっとと出掛けてってしまった伴侶が憎い。
むむうと口許曲げながら、

 「……。」

起き抜けなのでヒジャブだケープだをかぶるでなし、
それでも、簡略ながら室内着姿のままなのを確かめつつ、
むくりと無造作に起き上がったこちらであること。
懸命に気配へと耳をそばだてていたらしい侍女が気づいたのだろう。
自分の気配は消し切っての、そんなまでして意識を傾けていた割に、
それと判りやすく、遠くのくぐりから姿をちらりと見せたのも。
微妙な気分であろう妃への万全な気配りの一つであり。

 「〜〜〜。(否、否)」

こちらを向かぬまま、ふるふるとかぶりを振られたその所作にて、
用があったらお呼びになるとの意を拾う。
お若いだけあって、日頃はスパッと軽快にお起きになられる妃様だが。
今日のようなお渡りの後の朝だけは、
何とはなし怠惰な気分のときもあろう、と。
他の宮様のところの先輩の侍女からも聞いてある。
そして、

 「………。」

今朝のキュウゾウの場合も、
それに似たような感覚に、いまだその身を包まれていたにはいたけれど。
実は…それだけの理由で人を寄せたくなかった訳じゃない。
確かに、昨夜はそれはそれは甘い蜜の時間を過ごしもした。
あんの大ダヌキの覇王と来たら、
下手をすれば自分の父と変わらぬ年頃のくせに。
(烈火の姫様、それは言い過ぎ・笑)
最初は幼子をあやすように、
若しくは幼い爪しか持たぬ仔猫が相手、
どんなに暴れても障りなしとの余裕でいるかのように。
他愛ないお喋りのそこここに、
わざとこちらがムッとするよなやり取りを交えていたり、
古酒の堅い蓋が開けられないのへ、
どらと余裕の手を延べて来たりして、
こちらが激発しやすいような“伏線”を敷いておいてから。
やおら、カッと仕掛かったこっちを ひょいといなして押さえ込み、

 「〜〜〜〜〜。」

いやあの、コルクが堅かったのへは、
何もそこまで怒ることじゃなかろと言われはしたが。
それを…何もあんな耳元で言わなくたっていいじゃないか、とか。
その折の、普段よりも低められてて、
少しビブラートがかかってた声の響きが思い出されたのは、
枕元に置かれてあった、くすんだ真鍮の火皿の横に、
件のコルク栓が無造作に置いてあったからで。
飲み尽くした酒の栓なぞ捨てればいいのにと思う端から、

 「〜〜〜〜〜。////////」

言葉も返せぬ妃がそのまま真っ赤になったのへ、
“如何したか”となおも声を掛けて来た、わざとらしい意地悪を思い出したからで。
徐々に密着してゆく身の熱さよりも、
こちらの鼓動が伝わりはせぬかとの動揺の方が大きくて。
それでの気づけずにいる内に、
その身を、寝台の上、真綿の詰まった敷布に縫い止められており。
カンベエの屈強な肢体は頑健で、重厚なほどに重くもあったが、
でもでも、あのその……。

 “重くは、なかった、かな?/////////”

素直な描写で“や〜んvv//////”とばかり、
真っ赤になったまま、口許たわめて一人照れていたものの、
その細い肩が再びはっと跳ね上がると、

 「…………。」

もう一回、我に返り直してのそれから。
(苦笑)
誰もいないことを殊更あらためるかのように、
周囲をよくよく見回しつつ、そろりと立ち上がった紅蓮の妃。
再び、こちらの気配を…あくまでもお世話の勝手から、
聞き漏らすまいとしているやも知れぬ侍女を警戒しつつ。
小さな足へ厚絹を張った沓をはき、
その先が埋まるほどもの段通を敷いた広い寝間を、
足音もさせずに、されど すたすたと歩むと。
外への回廊へ向かうかと思いきや、
その手前の壁に下がったやはり見事な段通に触れ、
その陰の壁へと白い手を伏せれば、

  こくん、と

音とも言えぬ響きと、微かな微かな手ごたえがあってのち、
漆喰塗りの壁の一部が後ろへと凹む。
足元までのすっかりと、人一人がやっと通れる刳り貫きが開いて、
中は仄暗いのをやや恐る恐る覗き込んだ妃だったが。
先程寝台の側卓から持ち上げた火皿を、傍らの飾り卓の上へ置き、
少々手間取りつつも火打ち石にて明かりを灯すと。
再び左右を見まわし、
首を伸ばして遠くも見やってからという慎重さを示してから、
その中へと踏み込んで。

  「  …………。」

そちらも漆喰塗りの壁には、
対になった掛け具が幾つも埋め込まれてあって。
そこへと大小様々な大太刀や長柄の槍など、
使いこなされている得物が数だけ掛けてあったのはなかなかに壮観。
武術に心得のある姫なればこそ、
そこいらの目も利いて、ほおと思わずの吐息が洩れたほど。
家宝というほどではない、日頃使いの装備品を収納してある蔵らしく。
どの刀剣も、意匠も凝ってはなくの質実剛健なものばかり。
しかも、壮年殿のあの大きな手に相応しい、重々しそうなそればかりであり、
今でこそ安寧の治世下で その必要もないとはいえ、
彼の覇王にとっては、自己の命を預けるのみならず、
守りたいものへの脅威を打ち払うためにも必要な武具たちであり。
錆びつかせぬための手入れの必要とそれから、
1つ1つの癖や重み、柄を握り込む勝手や何や、
その身へ常に慣らしておくべく身近に置いているのだろうと、
そこへの理解もまた、こちらのお転婆な姫には造作なく及ぶこと。
それどころか、

 「………。」

手燭を手近な卓へ置き、数ある剣を1つ1つ見回し始める彼女であり。
かすかな明かりに金の綿毛を淡くけぶらせ、
自分にはどれも大きいものばかりな中、
これも収納用なのだろう、
中でごろごろ遊ばぬようにという留め具のある棚に仕舞われた、
そちらは小太刀ばかりなのも見回してのち。
それらほどには小さすぎない太刀を一振り、壁から そおと取り外す。
その長さゆえか、さして反ってもないその太刀は、
細身で拵えにも無駄がなく、妃の小さめの手でも十分に扱えそうであり。
お顔の前にて鯉口の左右に手を掛けて、そろと引く手際はなかなかにお上手。

 「…………。」

そこへと現れた直刃の煌きへ、紅の双眸を瞬きもさせずのじいと据えていたところ、

 「それで儂の寝首でもかこうと思うたか?」
 「…っ。」

並べられた内容よりも、突然の声だったことへと驚いてだろ、
こちらは声もなく、細い肩を跳ね上げたキュウゾウだったのへ。
それもまた承知だったか、
鯉口切られた刃が失速せぬよう、
小さな手の上へ自身の手を重ねて、引き抜かれぬよう支えてくれたのは誰あろう、

 「シマダ…。」
 「油断も隙もないな。」

そうと言う割に、楽しそうな口調だったし、
肩越しに見上げた精悍なお顔も、
苦笑と呼ぶには随分と柔らかな笑みにてほころんでおり。
一応は咎めだてをしつつの、身の拘束を構えておいでの覇王様だというに、

 「〜〜〜。///////」

そんな男臭いお顔で微笑うのは無しだと。
大好きなそれとなりつつある、彼の匂いや温みに取り込まれながら、
この期に及んで…そんな見当違いな感慨を、
胸のうちに沸き立たせてしまった烈火の姫であったほど。
とはいえ、

 「このような物騒なもの、どうするのだ。」

そうと問われると我に返れたらしく。
抜き放たれぬようにと押さえ込まれた太刀を、その手へ再び眺め直してから、

 「…ほしい。」
 「んん?」

見つめていた太刀から、
こちらの肩先にお顔を寄せていたカンベエの方を見やった姫が、
あらためての繰り返したのは、

 「これ、ほしい。」
 「…何でまた。」

玩具でもなければ宝飾品でもないのは、
この姫ならば一瞥しただけで気がついてもおろう。
そうであればこそ、此処までの関心を持ったとの理屈も判りはするが、

 「腕に自慢の警護は付けておるし、
  殊に、後宮周縁に立つ女傑らは、どれも女護ヶ島出の練達揃い。」

お主自身がこうまで武装をし、警戒せねばならぬ理由はないだろうがと。
抱き込めた腕の輪をさりげなくも縮めてのきゅうと、
その痩躯をこちらの懐ろへと取り込めば、

 「…っ。///////」

どんな態勢になりつつあるのかにやっと気がつき、
薄暗い中でもくっきりと分かるほど、
白い耳朶が真っ赤に染まってしまった姫だったけれど。

 「お、お前のようなふしだらな奴をっ、」
 「さようか。やはり儂を斬りたいか。」

だから耳元で言うなっ///////とばかり、
くすぐったげに首を引っ込めての身をすくめた可憐な痩躯を、
それは軽々と腕の中へ抱え上げた覇王様。

 「もっと込み入った事情もありそうだの。
  そこのところとやら、じっくり訊いてやろうではないか。」

 「…っ☆」

執務のほうも ひと区切りついたところだしのと、
どこまで本気でどこから冗談なのか、
飄々と言ってのけたカンベエの言の意味合いへ、
随分と遅れてから気がついたらしい。

 「は、離せっ。/////////」

取り乱しつつ じたばたし始めた姫から、
二の次となってしまった剣を難無く取り上げてしまうと、
よしよしといなしつつ、
元いた寝台まであっと言う間に運んでしまう、屈強な肢体と手際のよさと。

 「俺は起きぬけだっ。」
 「それがどうかしたか。」

これまでにも二度寝前に睦んだことなぞ幾らでもあろうよと。
誰ぞに聞かれたら恥ずかしすぎると、
純情娘なら心から思うよなこと、
臆面もなくの べろべろと言い放つ壮年殿であり。

 「……シマダっ!/////////」
 「そろそろ名のほうで呼んでくれぬか。」
 「〜〜〜〜っ!////////
  (にゃ〜〜〜っ!
(耳元で言うな〜!))」

相変わらず、未熟な姫では太刀打ちもまだまだ無理な、
おタヌキ覇王様だったようでございます。






NEXT


  *……おかしいな。
   何でまた、こんなコミカルな展開になったんだろか。
   そして わたしは、
   覇王様をどんなタヌキに…もとえ策士にしたいのか。
(笑)
   全然本題へ入れぬままですが、続きますので どかご安心を。


  *先のお話で東方との関係をちょろっと触れた折、
   このお話に真っ当な当時の地図を重ねてみましたら。
   舞台になってる王国、その首都部は
   今のバクダット辺りというところでしょうか。
   シチさんの生国は黒海とカスピ海の狭間を巡った北辺り、
   コーカサスかな?ということとなり、
   キュウゾウの生まれた炯国は、大航海時代より前なら紅海沿いのどこか、
   それ以降ならイエメンほども南端の国だということになるのでしょうね。


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